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チャペック・カレル(Čapek Karel)



1890 - 1938

   チャペックは1890年1月9日マレー・スヴァトニョヴィツェで三人兄弟の末っ子として生まれたチェコを代表する作家、ジャーナリスト、劇作家、哲学者、翻訳家、写真家です。また旅行記も書きました。ロボットという単語を作り出したことで有名です。兄は画家・作家のヨセフ・チャペク。兄との共同執筆も「盗賊」、「虫の生活」、「創造者アダム」など多数あります。
   大学はプラハ・カレル大学哲学部へ進学、その後ベルリンとパリでも哲学を学びました。1915年、25歳でカレル大学博士課程修了。怪我や病気のため第一次世界大戦中の徴兵は免れました。
   大学卒業後、短期間ながら家庭教師として貴族家庭で教えたり(1917年にはプロコプ・ラジャンスキーの先生をした)、国立博物館で働いたりしました。しかしながらすぐにジャーナリストに転身し、新聞局(Národní listyやLidové noviny)で編集者として働きました。1921年から1923年まではヴィノフラディ劇場で演劇家として働き、1925年から1933年まではチェコスロヴァキアペンクラブの会長も務めました。
   執筆活動は第一次世界大戦以前から始め、最初は兄ヨセフと共に書きました。作品には彼が学んだ哲学と芸術が大きく影響し(特に実用主義と表現主義)、後には科学技術革命が影響しました。チェペクはチェコ語とその特性を生かす能力に長けており、彼の作品の特徴は莫大な語彙と、常用外の単語、幾つもの意味を含む単語、ブロークンな文章を使うことにありました。彼の作品はSFであったり、人間や動物の人生であったり、哲学であったりと幅広い分野に亘ります。
   多くの作品中でいつの日かテクノロジーが人類を超えると述べています。その中で最も有名なのが、今や常識となった「ロボット」という単語とその概念を史上初めて使った「R.U.R (Rossumovi Univerzální Roboti/直訳:ロッスムのユニヴァーサル・ロボット)」というSF戯曲です。この物語はRUR社が「ロボット」を造りだし、人間は働かなくてよくなり快適な人生を送れるようになるのですが、残念ながらロボットたちは反乱を起こし、人類を抹殺してしまうという話です。今これを読んでいるみなさんはこの作品中に出てくるロボットの外見をどうイメージしているでしょうか?鉄やアルミでできた金属機械のような姿かたちを思い浮かべますか?実はチャペックのイメージでは「人間の姿かたちをした人間そっくりのロボット」でした。意外でしょう?    このロボットという考え方が当時としては斬新、画期的で瞬く間にこの単語は世界に広がりました。ちなみに現在の「ロボット=銀ピカ」イメージは後に定着してしまったイメージで、チャペックはこの事を不快に思っていました。
   チャペックは1938年12月25日プラハにて死去しました。死因は肺炎。ノーベル賞候補にという声が高まっていた矢先のことでした。彼がなくなったとき住んでいたドブジーシュ市のスタラー・フティには彼のモニュメントがあります。遺体はプラハのヴィシェフラド墓地に埋葬されています。1962年に姉ヘレナが回想録「Moji milí Bratři (直訳:我が親愛なる兄弟)」を書きました。
   現代のチェコを代表する作家イヴァン・クリーマはチャペックに影響を受けた一人です。浦沢直樹の漫画「MONSTER」に出てくるペトル・チャペックという登場人物はおそらく彼にちなんだ名前。
   凄腕の素人カメラマンでもあり、チェコスロヴァキア共和国初代大統領TGマサリクなどのポートレート写真は有名で、共和国初期に最もよく売れた写真出版物の著者でもあります。あまり知られていませんが実は民族音楽を大変愛好していました。



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